| ▼ 倫理綱領について その1 |
2010.01.03 Sunday
あけましておめでとうございます。
2010年がスタートしました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、私は、去年の秋口から心で触れるボディワークの会を通して、ボディワーカーの倫理綱領を明文化する作業に取り組んでいます。そのために去年9月10月の2ヶ月間、心で触れるボディワークの会のウェッブ上でみなさんにご協力を求め、たくさんの方から貴重な体験を寄せていただきました。そのアンケートの結果を、対人援助職の職業倫理の分野では日本では第一人者とされる村本詔司先生(神戸市外国語大学教授)に見ていただいています。
倫理規定については、当初、ボディワークジャパンとしてボディワーカーの団体の運営について、村川治彦先生(関西大学准教授)に相談したところ、まずは倫理規定をつくらないと、というふうに助言をいただき、村川先生から村本先生をご紹介いただきました。私はそのとき、村本先生にお願いして書いてもらうのだな、という認識だったのですが、村本先生は、このようにおっしゃいました。
「日本の職能団体の倫理綱領や倫理規定の多くは、おそらく、その倫理委員会や理事会などが草案を作成して、理事会、そして、総会で承認されるという手続きをとるのが普通かと思われます。
しかし、これらは往々にして、団体としての説明責任を果たすためのアリバイづくり程度に留まっていて、実際の会員の実践にはあまり役に立っていないのが実情かと考えております。
会員の実践に真に有効で助けとなり、自分たちのものと感じて活用してもらえる倫理規定を作るには、私のような門外漢はなおさらですが、そして、時間その他の面で可能であればの話ですが、top-downではなく、bottom-upが望ましいのではないでしょうか。」
そこで、まずは、ティーチャーコースのメンバーにヒアリングを行い、その結果を踏まえて、アンケート実施へ踏み切りました。そこへ至るまでの間、ボディワークジャパンとして日本のボディワーク全般を考えて行こうという姿勢から、自分たちが具体的に取り組んでいることに的をしぼらないと真に有効な倫理規定あるいは綱領は作れない、と認識して「心で触れるボディワークの会」と方向変換しました。これは、「ボディワークのスタンスで行われる全身オイルトリートメント」の専門性について明確化していこうということでもあります。
村本先生のホームページ http://www5d.biglobe.ne.jp/~shojimur/ を拝見すると、下記のような記述があります。
==
アメリカでは1979年以降、アメリカ心理学の認定するサイコロジスト養成の大学院のカリキュラムで倫理を教えることが義務づけられていますが、日本ではまだ、対人援助職倫理を体系だって科目やコースとして教えている高等教育機関はごくわずかしかないと言えます。それだけに、専門職団体などの主催する研修会が唯一の機会となり、この頃講演やワークショップを頼まれることが多くなってきました。
==
そこで思い出したのですが、私が1990年にエサレン研究所でトレーニングを受けたときに、最後のほうで「倫理」の時間がありました。これは、エサレンのプログラムは、カリフォルニアのマッサージセラピストの認定に準じるものでしたから、アメリカの対人援助職養成プログラムの常識として、倫理のクラスを行わなければならないということがあったと思われます。今になって思い返してみるとそこで行われた倫理の授業は、ほんの一こまでしたが、私にとっては非常に強い影響力があったと思います。日本に戻って誰にも知られていない時点から初めたにもかかわらず、私の中には、ボディワークのプロの仕事とはこうあらねばならない、というような強烈な核のようなものがすでに形成されていたと思います。だから、いままで続けてこれたのかもしれません。
日本に戻り仕事をしようとしたときに、あれっ??この日本には何かがない、「それ」をつくらなければプロとしての仕事はできない、とどこかで感じていました。特に1999年からエサレンボディワーク資格認定コースと銘打って、カリフォルニアからエサレン講師を招いてのプロフェッシュナルトレーニングを行うようになって、「それ」を提供できないで果たしてプロフェッシュナルトレーニングと名乗っていいのか、と常に自問自答してきました。エサレン講師にはそこらへんの私のジレンマが通じませんでした。最初は私の語学力がないせい、と自責の念に駆られていたのですが、今思うとそうではなく、彼らにその認識が薄かったから伝わらなかった、という事だと思います。それはやはり、日本というボディワーカーとしてのProfessional identityが具体的に存在しない環境でその仕事を起こそうとしている人間と、すでにそういうものがあってそれに則って仕事をしてきた人間とのどうしようもない認識のずれであったともいえるでしょう。そして、日本のトレーニングは、私の思う「それ」を欠いたまま10年の月日を過ごしたのです。
およそ20年間、私がこの日本でボディワークという仕事をしていくためにはどうしても必要だと痛感してきたこと、それがこの倫理綱領、ということだったんだ、と今ようやく正しい言葉を発見したというか、教えていただけたというか。そしてその作成の端緒にようやくつけたと思います。とても感慨深いものがあります。
ボディワーカーは、言語化しえない領域を扱っていると思うのですが、だからこそ、言語化すべきこと、言語化しておくべきことってたくさんあると思うのです。
さてそんなこんななんですが、私は、サロンを開かせていただいている各地の温泉旅館さんに行くと、「エステの先生」と呼ばれることも多いです。
こういう連想の結果かなーと思います:
全身オイルトリートメント→エステでしょ?!
エサレン→うん?ああ、エステか(笑)
どうしたもんかなーという感じなんですが、でもこういったことも、倫理綱領がはっきりすると説明しやすくなりますよね。それでも尚且、やっぱエステの先生と呼ばれるんだろうなーと思います。しかしながら10年先には、鎌田さんはエステではなくボディワークの先生なんですね、いままで勘違いしていてすみませんでした、と言われるようになりたいものです。
私としては、エステの先生と聞くとばっちりお化粧をし、ヒールの高い革靴を履き、バシッとスーツを着こなし、私は美人よ、と胸を張っている、というイメージですかね。ほぼすっぴんでペッタンコの靴を履き、一応ジャケットのようなものを着ているがどこかゆるゆるーとしている私をみて、もしかしたら、旅館さんもあれっ?違った??って感じなのかもしれませんが、ま、めんどくさ、エステの先生ってことでいいよね、それですましとこ、ってなことなのだと思います。実際、旅館さんに売り込むときに「エステのようなものでして、リラクセーションを目的としております」(うう、苦しいな)と確信犯的に「エステ」と言う言葉を使っておりますし。本当のエステの先生に怒られちゃうよなーといつも思っています。
さて、アンケートです。ここからが本題なのですが、書き始めたらとても長くなってしまったので、明日、また書き進んでアップしますね。
2010年がスタートしました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、私は、去年の秋口から心で触れるボディワークの会を通して、ボディワーカーの倫理綱領を明文化する作業に取り組んでいます。そのために去年9月10月の2ヶ月間、心で触れるボディワークの会のウェッブ上でみなさんにご協力を求め、たくさんの方から貴重な体験を寄せていただきました。そのアンケートの結果を、対人援助職の職業倫理の分野では日本では第一人者とされる村本詔司先生(神戸市外国語大学教授)に見ていただいています。
倫理規定については、当初、ボディワークジャパンとしてボディワーカーの団体の運営について、村川治彦先生(関西大学准教授)に相談したところ、まずは倫理規定をつくらないと、というふうに助言をいただき、村川先生から村本先生をご紹介いただきました。私はそのとき、村本先生にお願いして書いてもらうのだな、という認識だったのですが、村本先生は、このようにおっしゃいました。
「日本の職能団体の倫理綱領や倫理規定の多くは、おそらく、その倫理委員会や理事会などが草案を作成して、理事会、そして、総会で承認されるという手続きをとるのが普通かと思われます。
しかし、これらは往々にして、団体としての説明責任を果たすためのアリバイづくり程度に留まっていて、実際の会員の実践にはあまり役に立っていないのが実情かと考えております。
会員の実践に真に有効で助けとなり、自分たちのものと感じて活用してもらえる倫理規定を作るには、私のような門外漢はなおさらですが、そして、時間その他の面で可能であればの話ですが、top-downではなく、bottom-upが望ましいのではないでしょうか。」
そこで、まずは、ティーチャーコースのメンバーにヒアリングを行い、その結果を踏まえて、アンケート実施へ踏み切りました。そこへ至るまでの間、ボディワークジャパンとして日本のボディワーク全般を考えて行こうという姿勢から、自分たちが具体的に取り組んでいることに的をしぼらないと真に有効な倫理規定あるいは綱領は作れない、と認識して「心で触れるボディワークの会」と方向変換しました。これは、「ボディワークのスタンスで行われる全身オイルトリートメント」の専門性について明確化していこうということでもあります。
村本先生のホームページ http://www5d.biglobe.ne.jp/~shojimur/ を拝見すると、下記のような記述があります。
==
アメリカでは1979年以降、アメリカ心理学の認定するサイコロジスト養成の大学院のカリキュラムで倫理を教えることが義務づけられていますが、日本ではまだ、対人援助職倫理を体系だって科目やコースとして教えている高等教育機関はごくわずかしかないと言えます。それだけに、専門職団体などの主催する研修会が唯一の機会となり、この頃講演やワークショップを頼まれることが多くなってきました。
==
そこで思い出したのですが、私が1990年にエサレン研究所でトレーニングを受けたときに、最後のほうで「倫理」の時間がありました。これは、エサレンのプログラムは、カリフォルニアのマッサージセラピストの認定に準じるものでしたから、アメリカの対人援助職養成プログラムの常識として、倫理のクラスを行わなければならないということがあったと思われます。今になって思い返してみるとそこで行われた倫理の授業は、ほんの一こまでしたが、私にとっては非常に強い影響力があったと思います。日本に戻って誰にも知られていない時点から初めたにもかかわらず、私の中には、ボディワークのプロの仕事とはこうあらねばならない、というような強烈な核のようなものがすでに形成されていたと思います。だから、いままで続けてこれたのかもしれません。
日本に戻り仕事をしようとしたときに、あれっ??この日本には何かがない、「それ」をつくらなければプロとしての仕事はできない、とどこかで感じていました。特に1999年からエサレンボディワーク資格認定コースと銘打って、カリフォルニアからエサレン講師を招いてのプロフェッシュナルトレーニングを行うようになって、「それ」を提供できないで果たしてプロフェッシュナルトレーニングと名乗っていいのか、と常に自問自答してきました。エサレン講師にはそこらへんの私のジレンマが通じませんでした。最初は私の語学力がないせい、と自責の念に駆られていたのですが、今思うとそうではなく、彼らにその認識が薄かったから伝わらなかった、という事だと思います。それはやはり、日本というボディワーカーとしてのProfessional identityが具体的に存在しない環境でその仕事を起こそうとしている人間と、すでにそういうものがあってそれに則って仕事をしてきた人間とのどうしようもない認識のずれであったともいえるでしょう。そして、日本のトレーニングは、私の思う「それ」を欠いたまま10年の月日を過ごしたのです。
およそ20年間、私がこの日本でボディワークという仕事をしていくためにはどうしても必要だと痛感してきたこと、それがこの倫理綱領、ということだったんだ、と今ようやく正しい言葉を発見したというか、教えていただけたというか。そしてその作成の端緒にようやくつけたと思います。とても感慨深いものがあります。
ボディワーカーは、言語化しえない領域を扱っていると思うのですが、だからこそ、言語化すべきこと、言語化しておくべきことってたくさんあると思うのです。
さてそんなこんななんですが、私は、サロンを開かせていただいている各地の温泉旅館さんに行くと、「エステの先生」と呼ばれることも多いです。
こういう連想の結果かなーと思います:
全身オイルトリートメント→エステでしょ?!
エサレン→うん?ああ、エステか(笑)
どうしたもんかなーという感じなんですが、でもこういったことも、倫理綱領がはっきりすると説明しやすくなりますよね。それでも尚且、やっぱエステの先生と呼ばれるんだろうなーと思います。しかしながら10年先には、鎌田さんはエステではなくボディワークの先生なんですね、いままで勘違いしていてすみませんでした、と言われるようになりたいものです。
私としては、エステの先生と聞くとばっちりお化粧をし、ヒールの高い革靴を履き、バシッとスーツを着こなし、私は美人よ、と胸を張っている、というイメージですかね。ほぼすっぴんでペッタンコの靴を履き、一応ジャケットのようなものを着ているがどこかゆるゆるーとしている私をみて、もしかしたら、旅館さんもあれっ?違った??って感じなのかもしれませんが、ま、めんどくさ、エステの先生ってことでいいよね、それですましとこ、ってなことなのだと思います。実際、旅館さんに売り込むときに「エステのようなものでして、リラクセーションを目的としております」(うう、苦しいな)と確信犯的に「エステ」と言う言葉を使っておりますし。本当のエステの先生に怒られちゃうよなーといつも思っています。
さて、アンケートです。ここからが本題なのですが、書き始めたらとても長くなってしまったので、明日、また書き進んでアップしますね。
以下(2010.1.4)分;
私たちが行ったアンケート結果を見て、村本先生は、このようにおっしゃっています。
「アンケートを拝見していて、そこで問題になっていることは、他の援助職と基本的
に変わらず、ある程度一般論というか、総論的なものを当てはめて理解できるところ
が多々あると感じられます。」
他の援助職とは具体的にはどういうものかというと、看護師、介護師、医者、臨床心理士、教師、針灸師など、基本的には医療・福祉・教育分野であり、「人間」相手で、しかも個人の健康なり人生なり、あるいはあり方なりをその人の望む形になるように援助するための職種と理解できると思います。
私は、3年ほど前に立命館大学で行われた第1回21世紀統合医療フォーラムに招かれましたがその際初めて、「対人援助職」という言葉を聴きました。そのフォーラムでスタッフとして働いていた方々は、立命館大学の大学院レベルのコースで 「対人援助」を研究されていて、ボディワークに興味深々でしたし、親しく言葉を交わすことができました。看護師や臨床心理士の方の社会人入学の方がほとんどで、実際の職場で何年か実践を積む中で、自身のバーンアウト(燃え尽き症候群)を体験しそこから立ち直るために、自分が身につけた専門職種を対人援助の立場からもう一度捉えなおそうという方々が多かったと記憶しています。対人援助職という言葉は、私にとって自分が取り組んでいる仕事(=ボディワーク)を理解するのにとても役にたったように思います。私たち(ボディワーカー)は、まず自分自身について、対人援助職に就いている、という認識が必要と思います。
その共通認識の上で、これからのことを考えていくことを私はみなさんと確認したいと思います。倫理綱領の作成では、私たちは、一般的に対人援助職が抱える問題を抱えているという視点から、他の援助職の倫理綱領で述べられている総論的な部分を当てはめていく、ということです。この点に関して、このブログで 倫理綱領について その2 として、いくつかの例を提示していくつもりです。
さて、総論的な部分はそれでよいとして、ボディワークにとって他の援助職とは違う部分は何かということを明確にしていくことが重要なことはいわずもがなです。
「その仕事の性質上、他の援助職にもまして、身体接触に気を使わなければならない
ようですね。医師や看護師などの医療では、当然のごとく身体接触があっても医療の
文脈であることが患者にも理解されやすいのでしょうが、医療でないと、それが
professionalな身体接触であることを客にわかってもらいにくいのかもしれません。」
と村本先生はおっしゃっています。
まさに、そのとおりでおそらく多くのボディワーカーが、そこで悩んでいるのではないでしょうか?特にリラクセーションを主眼としたオイルトリートメントとして行う、私たちのようなスタイルでは、他の明確なメソッドをもつボディワークともまた違ってprofessionalな身体接触であることを客が理解しない場合が多いと思います。そうした客の反応に過剰反応して、次々と技術研修を渡り歩くボディワーカーが多いと私は感じます。その結果、ますます自分の行うセッションが自分にとってもなんだか訳のわからないものになっていくのです。それで、また他の技術研修を渡り歩くような、私に言わせれば悪循環が起こっているということです。
そして、その悪循環を助長するように巷には、ボディワーク関連の技術研修があふれています。しかし、そこで教えられたメソッドがどんな優れていようとも、その新しいボディワークの技術がどんなに画期的に感じられようとも、ボディワーカーは、安心ではないし、満足しないはずです。なぜなら、私たちに必要なのは、倫理であり、そしてその倫理をまっとうすることを積み上げていけるような継続教育のシステムなのです。その継続教育のシステムの中には、スキルアップのための技術研修ももちろん必要ですが最低限必要と考えられる医学的知識、心理学的知識を学ぶための仕組みがなければなりません。また、そうした継続教育に関わる講師には倫理に対する一貫した理解が求められると思います。
さて、今日はここまでとしましょう。
==
私たちが行ったアンケート結果を見て、村本先生は、このようにおっしゃっています。
「アンケートを拝見していて、そこで問題になっていることは、他の援助職と基本的
に変わらず、ある程度一般論というか、総論的なものを当てはめて理解できるところ
が多々あると感じられます。」
他の援助職とは具体的にはどういうものかというと、看護師、介護師、医者、臨床心理士、教師、針灸師など、基本的には医療・福祉・教育分野であり、「人間」相手で、しかも個人の健康なり人生なり、あるいはあり方なりをその人の望む形になるように援助するための職種と理解できると思います。
私は、3年ほど前に立命館大学で行われた第1回21世紀統合医療フォーラムに招かれましたがその際初めて、「対人援助職」という言葉を聴きました。そのフォーラムでスタッフとして働いていた方々は、立命館大学の大学院レベルのコースで 「対人援助」を研究されていて、ボディワークに興味深々でしたし、親しく言葉を交わすことができました。看護師や臨床心理士の方の社会人入学の方がほとんどで、実際の職場で何年か実践を積む中で、自身のバーンアウト(燃え尽き症候群)を体験しそこから立ち直るために、自分が身につけた専門職種を対人援助の立場からもう一度捉えなおそうという方々が多かったと記憶しています。対人援助職という言葉は、私にとって自分が取り組んでいる仕事(=ボディワーク)を理解するのにとても役にたったように思います。私たち(ボディワーカー)は、まず自分自身について、対人援助職に就いている、という認識が必要と思います。
その共通認識の上で、これからのことを考えていくことを私はみなさんと確認したいと思います。倫理綱領の作成では、私たちは、一般的に対人援助職が抱える問題を抱えているという視点から、他の援助職の倫理綱領で述べられている総論的な部分を当てはめていく、ということです。この点に関して、このブログで 倫理綱領について その2 として、いくつかの例を提示していくつもりです。
さて、総論的な部分はそれでよいとして、ボディワークにとって他の援助職とは違う部分は何かということを明確にしていくことが重要なことはいわずもがなです。
「その仕事の性質上、他の援助職にもまして、身体接触に気を使わなければならない
ようですね。医師や看護師などの医療では、当然のごとく身体接触があっても医療の
文脈であることが患者にも理解されやすいのでしょうが、医療でないと、それが
professionalな身体接触であることを客にわかってもらいにくいのかもしれません。」
と村本先生はおっしゃっています。
まさに、そのとおりでおそらく多くのボディワーカーが、そこで悩んでいるのではないでしょうか?特にリラクセーションを主眼としたオイルトリートメントとして行う、私たちのようなスタイルでは、他の明確なメソッドをもつボディワークともまた違ってprofessionalな身体接触であることを客が理解しない場合が多いと思います。そうした客の反応に過剰反応して、次々と技術研修を渡り歩くボディワーカーが多いと私は感じます。その結果、ますます自分の行うセッションが自分にとってもなんだか訳のわからないものになっていくのです。それで、また他の技術研修を渡り歩くような、私に言わせれば悪循環が起こっているということです。
そして、その悪循環を助長するように巷には、ボディワーク関連の技術研修があふれています。しかし、そこで教えられたメソッドがどんな優れていようとも、その新しいボディワークの技術がどんなに画期的に感じられようとも、ボディワーカーは、安心ではないし、満足しないはずです。なぜなら、私たちに必要なのは、倫理であり、そしてその倫理をまっとうすることを積み上げていけるような継続教育のシステムなのです。その継続教育のシステムの中には、スキルアップのための技術研修ももちろん必要ですが最低限必要と考えられる医学的知識、心理学的知識を学ぶための仕組みがなければなりません。また、そうした継続教育に関わる講師には倫理に対する一貫した理解が求められると思います。
さて、今日はここまでとしましょう。
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